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紅光

Author:紅光
紅光(男、54歳)です。
2013年12月にスキルス性胃ガン(ステージIV)の告知を受け、闘病生活が始まりました。

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昨日の続き

昨日の記事に関連して、一つ、医療従事者に、頭にとどめておいてもらいたいことがあります。

昨日の記事の話、患者にとって不幸であるのはもちろんです。しかし、不幸は患者だけで済むことではありません。

家族にとっても不幸です。当たり前のことです。

ただ、家族にとって不幸なことの一つに、後々まで自分を責め続けてしまう、ということがあります。

昨日の記事の場合、家族はこの先何年経っても「あの時、もっと強く腸閉塞かもしれないから良く診てと言えば良かった」、「たとえモンスターペイシェントと思われても腸閉塞と言い続ければ良かった」、「別の医師に診てもらえば良かった」、「転院すれば良かった」などど後悔します。

患者が苦しい思いをしたのは自分のせいではないか、と思い悩みます。その思いは一生消えることはありません。

結局、怠慢な(?)医師は、病気による直接的な不幸だけでなく、家族が一生背負わなければならない不幸をも生み出しているのです。

おそらく医療従事者は、病気による直接的な不幸までは想像できても、家族がこの先背負う不幸までは思い至らないことでしょう。

医師や治療内容に少しでも不満を感じている家族は、皆、このような不幸を背負い、毎日毎日、自分を責め続けて生きていきます。

治療の結果、病が治らず帰らぬ人になることはあります。特にガンの場合には。しかし、医療が人を一生の不幸に陥れることはあってはならないと思います。

例え帰らぬ人となっても、医療従事者が誠心誠意、治療に当たってくれていれば、そのような不幸を招くことはありません。

遺された家族は、医療従事者に感謝すると思います。そして、患者の死を納得して受け入れることができます。

いずれ家族を遺してあの世へ行く身としては、そう願わずにはいられません。

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